羊肉と他の肉の違い
羊の肉は元来『健康食』として使われていたほど、体にいいお肉です。
食肉にはカルチニンという体脂肪を分解します。
コレステロール・中性脂肪を減らします。
また、高血圧や糖尿病改善に効果がある成分が含まれているのです。
そして羊の肉には、他の肉より多く含まれています。
羊肉の中でもマトン(親肉)がカルチニンを多く含んでいます。
さらに、中国の伝統医学では、昔から体験的に羊肉は体を温め、寒さをは除く作用があるとされ、お肉の中でも最もその働きが強いと言われており、鉄分が豊富で、コレステロールを減らす不飽和脂肪酸がタップリ含まれているようです。
ラムの脂肪は体に吸収されにくく、ダイエットに最適といえますね。
融点が他の肉と比べて高いからですね。
ラムは魚肉波の低コレステロールで、皮膚病や胃腸病を防ぐビタミンBが豊富に含まれています。
アトピー性皮膚炎にも良いと言われています。
『健康食』に使われていたというのがよくわかります。
でもとり過ぎには、気をつけましょう。
北海道で忘れることのできないジンギスカン 松尾ジンギスカン
北海道ジンギスカンは、家庭でも定番料理です。
何かで人が集まれば、ジンギスカンです。
ジンギスカンはビールに最高にあいますし、そして飲めない人も、ご飯にもあいますので人が集まったらジンギスカンは、北海道で定番料理ですね。
昔は、冷凍のマトンやラムを焼いて、その横に野菜を焼いて食べることがスタートだったような気がします。
家庭で食べると時に油が飛ぶので、家中に新聞紙を敷いて食べた記憶が残っています。
今は、家庭の中で、油が飛ぶということやにおいが付くということで家の中ではやらない家庭も増えてきたみたいです。
その分、ジンギスカンのお店が増えてきたのだと思います。
そんな中で、出てきたたれつきジンギスカンが松尾ジンギスカンです。
松尾ジンギスカン(株式会社マツオ)(まつおじんぎすかん(かぶしきかいしゃまつお))は北海道滝川市にある、加工食肉の製造・販売、飲食業、民芸品の販売を行う企業である。
ジンギスカンと言えば「松尾ジンギスカン」と言うほど知名度が高いです。
昭和31年(1956年)に滝川市で誕生以来、ジンギスカン一筋に味を追求し秘伝のたれを完成する。
北海道を代表する食文化になりました。
私の食べはじめの記憶は、確か40年前くらいだったと思います。
私の場合は、たまたま祖父が滝川隣町、新十津川村にいましたの食べる機会があったのだと思います。
そのころは流通機関も発達していませんので、札幌で食べることは難しかったように思います。
松尾ジンギスカンを1度食べると、やめることが出来なくなります。
たれ付きなので、焼きあがったそのまま口へ、肉も柔らかくかなり旨いです。
味も1度食べたら、忘れられない味ですね。
現在は、松尾ジンギスカンはいろいろな商品を販売しています。
取扱商品としては、
味付特上ラム(チョッちゃんラム)
味付ラム
味付ロース
味付上肉マトン
味付マトン
味付シープハート
マツオ特製 骨付ラムステーキ
マツオ特製 骨付ソーセージ
ジン串
マツオ特製 ジンギスカン鍋
マツオ特製 銘々鍋セット(一人用鍋)
また、自社ブランドのポテトチップ(製造は深川油脂工業)を販売しています。
松尾ジンギスカンは、
本社:北海道滝川市流通団地1丁目6番12号
本店:北海道滝川市明神町3丁目5番12号
にあります。
現在は、札幌のデパートや、スーパーで売られています。
でも、滝川で食べる松尾ジンギスカン 旨いです。
宴会も出来ますし、お部屋もあります。
一度は、滝川の松尾ジンギスカンへ行って食べてみてください。
詳しくは、松尾ジンギスカンのホームページもありますのでご覧ください。
何かで人が集まれば、ジンギスカンです。
ジンギスカンはビールに最高にあいますし、そして飲めない人も、ご飯にもあいますので人が集まったらジンギスカンは、北海道で定番料理ですね。
昔は、冷凍のマトンやラムを焼いて、その横に野菜を焼いて食べることがスタートだったような気がします。
家庭で食べると時に油が飛ぶので、家中に新聞紙を敷いて食べた記憶が残っています。
今は、家庭の中で、油が飛ぶということやにおいが付くということで家の中ではやらない家庭も増えてきたみたいです。
その分、ジンギスカンのお店が増えてきたのだと思います。
そんな中で、出てきたたれつきジンギスカンが松尾ジンギスカンです。
松尾ジンギスカン(株式会社マツオ)(まつおじんぎすかん(かぶしきかいしゃまつお))は北海道滝川市にある、加工食肉の製造・販売、飲食業、民芸品の販売を行う企業である。
ジンギスカンと言えば「松尾ジンギスカン」と言うほど知名度が高いです。
昭和31年(1956年)に滝川市で誕生以来、ジンギスカン一筋に味を追求し秘伝のたれを完成する。
北海道を代表する食文化になりました。
私の食べはじめの記憶は、確か40年前くらいだったと思います。
私の場合は、たまたま祖父が滝川隣町、新十津川村にいましたの食べる機会があったのだと思います。
そのころは流通機関も発達していませんので、札幌で食べることは難しかったように思います。
松尾ジンギスカンを1度食べると、やめることが出来なくなります。
たれ付きなので、焼きあがったそのまま口へ、肉も柔らかくかなり旨いです。
味も1度食べたら、忘れられない味ですね。
現在は、松尾ジンギスカンはいろいろな商品を販売しています。
取扱商品としては、
味付特上ラム(チョッちゃんラム)
味付ラム
味付ロース
味付上肉マトン
味付マトン
味付シープハート
マツオ特製 骨付ラムステーキ
マツオ特製 骨付ソーセージ
ジン串
マツオ特製 ジンギスカン鍋
マツオ特製 銘々鍋セット(一人用鍋)
また、自社ブランドのポテトチップ(製造は深川油脂工業)を販売しています。
松尾ジンギスカンは、
本社:北海道滝川市流通団地1丁目6番12号
本店:北海道滝川市明神町3丁目5番12号
にあります。
現在は、札幌のデパートや、スーパーで売られています。
でも、滝川で食べる松尾ジンギスカン 旨いです。
宴会も出来ますし、お部屋もあります。
一度は、滝川の松尾ジンギスカンへ行って食べてみてください。
詳しくは、松尾ジンギスカンのホームページもありますのでご覧ください。
北海道 ジンギスカンの特徴 食べたらわかります 旨いです ヘルシーです
ジンギスカンは、日本で発生した羊肉料理で、マトン(成羊肉)やラム(仔羊肉)を用いた焼肉料理の一種です。
「成吉思汗」という漢字名で表記されることもあります。
ジンギスカンの特徴 旨い、ヘルシー
戦前に出現した当初は、酒の肴、おかずとして羊肉のみを焼いたものであり、戦後に至って野菜を加えて焼くようになりました。
後に野菜を敷いた上で羊肉を蒸し焼きにする方法や、うどんを入れる焼き方も行われるようになりました。
北海道の郷土料理として知られているが、他にも本州でも岩手県の県北沿岸部や遠野市、長野県上水内郡信州新町、岡山県真庭市の蒜山高原など、局地的に常食されている地域があります。
これらの地域では花見をはじめとした宴会や集会の打ち上げなどで食べられることが多く、俗に「盆・暮れ・正月・花見にジンギスカン」とまで言われています。
北海道では学生を中心にジンギスカンを肴に集まるパーティーを「ジンパ」と略して称するほど、親しまれています。
また「焼肉」がすなわちジンギスカンを指す場合すらあり、各種イベントには欠かすことができないものとなっています。
北海道を象徴する料理の一つとして、2004年10月22日、北海道遺産に選定されました。
一度食べてみる価値は、あります。
北海道に来ましたら、一度はジンギスカン食べてみてください。
癖になります。
また、肉としてはヘルシーです。
「成吉思汗」という漢字名で表記されることもあります。
ジンギスカンの特徴 旨い、ヘルシー
戦前に出現した当初は、酒の肴、おかずとして羊肉のみを焼いたものであり、戦後に至って野菜を加えて焼くようになりました。
後に野菜を敷いた上で羊肉を蒸し焼きにする方法や、うどんを入れる焼き方も行われるようになりました。
北海道の郷土料理として知られているが、他にも本州でも岩手県の県北沿岸部や遠野市、長野県上水内郡信州新町、岡山県真庭市の蒜山高原など、局地的に常食されている地域があります。
これらの地域では花見をはじめとした宴会や集会の打ち上げなどで食べられることが多く、俗に「盆・暮れ・正月・花見にジンギスカン」とまで言われています。
北海道では学生を中心にジンギスカンを肴に集まるパーティーを「ジンパ」と略して称するほど、親しまれています。
また「焼肉」がすなわちジンギスカンを指す場合すらあり、各種イベントには欠かすことができないものとなっています。
北海道を象徴する料理の一つとして、2004年10月22日、北海道遺産に選定されました。
一度食べてみる価値は、あります。
北海道に来ましたら、一度はジンギスカン食べてみてください。
癖になります。
また、肉としてはヘルシーです。
北海道でジンギスカンを食べる鍋見たことありますか
ジンギスカン鍋
調理には専用の鍋として、鉄の浅い帽子のような形をした鋳物製のジンギスカン鍋を用います。
ジンギスカン鍋の形は時代によって変化した。この種の鍋が現れた昭和初期の時点では、ストーブのロストル(火皿)のように平行の溝が設けられていました。
取っ手は無かったため、すき焼き鍋の鍋掴みに似た器具、若しくは鍋面にある専用の穴に栓抜き型の取っ手を差し込んで鍋を動かしました。
戦前のジンギスカン料理店「成吉思荘」の初期の鍋は特に大型だったようです。
移動させるときは氷屋の氷を運ぶ大きなやっとこのような専用の運搬具を使い、鉄製焜炉ごと運びました。
重すぎて女性の腕力では容易に運べず、運搬専門の男子を雇っていました。
戦後、鍋の頂上から周辺に向かって星形に溝が作られ、取っ手が両脇に付いた。さらに室内用やガス焜炉用に、なるべく煙が出ないよう単に凹凸をつけるだけで、火の中に肉から出る脂や肉汁を落とす隙間のない鍋も出現しました。
また、その周囲にドーナツ状になっている平坦な部分(汁溜り)に野菜を乗せることによって、焼く段階で、肉汁や脂肪分(調理法によっては肉から染み出したタレも)を野菜に染み込ませる調理法が定着してきました。
遠野市では、屋外でジンギスカンを調理する際、金属製のバケツに通風孔を開けたものを七輪代わりに使用することが多いようです。
このバケツはジンギスカンバケツと呼ばれています。
七輪と比べ、軽くて持ち運びが容易であり、ジンギスカン鍋の座りも良いです。
遠野市内の金物店では、最初からジンギスカン用に作られた穴あきバケツが売られています。
ジンギスカン鍋以外によるジンギスカン
近年の家庭ではジンギスカン鍋を使わずにホットプレートで代用されることも多く、花見など屋外の場合は焼肉用の金網、鉄板を使うこともあります。
この場合、材料以外には一般の焼肉や鉄板焼きとの差異は大きく見出しがたいです。
特異な鉄板代用の例としては、北海道の一部地域に波形トタン板を用いるスタイルがあったが、ジンギスカン鍋が安く入手できるようになった今も残っているとは考えにくいです。
どちらにしろ、七輪で焼いて食べるジンギスカンは、一番旨いです。
また、家の中より外で食べるジンギスカンは、最高ですね。
調理には専用の鍋として、鉄の浅い帽子のような形をした鋳物製のジンギスカン鍋を用います。
ジンギスカン鍋の形は時代によって変化した。この種の鍋が現れた昭和初期の時点では、ストーブのロストル(火皿)のように平行の溝が設けられていました。
取っ手は無かったため、すき焼き鍋の鍋掴みに似た器具、若しくは鍋面にある専用の穴に栓抜き型の取っ手を差し込んで鍋を動かしました。
戦前のジンギスカン料理店「成吉思荘」の初期の鍋は特に大型だったようです。
移動させるときは氷屋の氷を運ぶ大きなやっとこのような専用の運搬具を使い、鉄製焜炉ごと運びました。
重すぎて女性の腕力では容易に運べず、運搬専門の男子を雇っていました。
戦後、鍋の頂上から周辺に向かって星形に溝が作られ、取っ手が両脇に付いた。さらに室内用やガス焜炉用に、なるべく煙が出ないよう単に凹凸をつけるだけで、火の中に肉から出る脂や肉汁を落とす隙間のない鍋も出現しました。
また、その周囲にドーナツ状になっている平坦な部分(汁溜り)に野菜を乗せることによって、焼く段階で、肉汁や脂肪分(調理法によっては肉から染み出したタレも)を野菜に染み込ませる調理法が定着してきました。
遠野市では、屋外でジンギスカンを調理する際、金属製のバケツに通風孔を開けたものを七輪代わりに使用することが多いようです。
このバケツはジンギスカンバケツと呼ばれています。
七輪と比べ、軽くて持ち運びが容易であり、ジンギスカン鍋の座りも良いです。
遠野市内の金物店では、最初からジンギスカン用に作られた穴あきバケツが売られています。
ジンギスカン鍋以外によるジンギスカン
近年の家庭ではジンギスカン鍋を使わずにホットプレートで代用されることも多く、花見など屋外の場合は焼肉用の金網、鉄板を使うこともあります。
この場合、材料以外には一般の焼肉や鉄板焼きとの差異は大きく見出しがたいです。
特異な鉄板代用の例としては、北海道の一部地域に波形トタン板を用いるスタイルがあったが、ジンギスカン鍋が安く入手できるようになった今も残っているとは考えにくいです。
どちらにしろ、七輪で焼いて食べるジンギスカンは、一番旨いです。
また、家の中より外で食べるジンギスカンは、最高ですね。
北海道のジンギスカンの種類は2つあります
ジンギスカンの種類
北海道においては、2つのタイプのジンギスカンがあります。
あらかじめタレに漬け込んで下味を付けた「味付けジンギスカン」と、生肉を焼き後からタレを付けて食べる「生ジンギスカン」であります。
ここで用いられる「生」という意味は、単に「味がついていない」という意味であり、実際には一度冷凍して解凍したものであることが多いです。
しかし近年は一度も冷凍をしていない「生ラム」が登場し、冷凍肉のシェアを奪っています。
「味付けジンギスカン」が主流なのは、旭川市などの上川支庁地域や、滝川市などの空知支庁中北部です。
最近では味付けジンギスカンを「旭川ジンギスカン」と呼ぶ店も出てきました。
長沼町の「長沼ジンギスカン」、帯広市の白樺などもこのタイプである。
「生ジンギスカン」が主流なのは札幌市、函館市、室蘭市、釧路市などの北海道南部、北海道東部の海岸部です。
観光名所となっているビール園の主流も生ジンギスカンであります。
但し、地域区分をはっきりと分けることは難しいです。
その家庭によっても食べられるもののタイプが異なります。
東経141度(留萌市)以西(札幌市もここに含まれる)付近と東経144度(釧路市)以東付近の二地域をかつて「生ジンギスカン」が主流だった地域、両地域に挟まれた部分の地域をかつて「味付けジンギスカン」が主流だった地域としてそれぞれみなす説があるが、経度で強引に区切ったやや恣意的な区分なのは否めないです。
下味をつけた味付きジンギスカンでは、羊肉特有の臭みが抑えられています。
著名なジンギスカン料理店「松尾ジンギスカン」などに代表されるように、すりおろしたりんご・にんにくや蜂蜜などを加えた独特のタレにより、肉と野菜のうまみを最大限に引き出す工夫が為されています。
ジンギスカンを愛好する北海道民は、各食肉メーカーや精肉店オリジナルのジンギスカン用味付け肉について味の傾向を熟知し、また、新しい製品の評価に余念がないです。
肉と同様に、ジンギスカン用のつけダレも多種が市販され、道民の需要に応えています。
中でもベル食品とソラチのジンギスカンのたれが代表的であり、北海道内のスーパーマーケットで広く販売されています。
長野県においては、漬け込み肉のジンギスカンが主流であり、地元メーカーの味付けマトンが容易に手に入ります。
同じ漬け込みタイプの北海道産と比べて味付けがかなり異なり、どちらかというと一般的な焼肉のタレに近いまろやかな味付けであります。
長野県でも近年北海道産のジンギスカン用つけダレが販売されるようになっています。
逆に長野県産のつけダレが北海道で売られる例はほとんどみられないです。
ジンギスカンの起源
中国料理の「烤羊肉」(カオヤンロー)に影響を受けたと見られる日本料理であります。
なお、その名称から、「ジンギスカンが遠征の陣営で好んで食べた」「ジンギスカン率いるモンゴル軍兵士が自分の兜で羊肉を焼いたのが起源」とするなどの俗説があるが、羊肉を常食するモンゴルにいかにもありそうな料理として拡大解釈されたものであるとみられます。
戦前は、日本では1918年(大正7年)に軍隊、警察、鉄道員用制服の素材となる羊毛自給をめざす「緬羊百万頭計画」が立案されました。
その早期実現のために羊毛のみならず羊肉をも消費させることで、農家の収入増加と、飼育頭数増加を企図したといわれています。
しかし、日本人は従来、羊肉を食べる習慣がほとんどなかったよぷです。
日本で受け入れられる羊肉料理を開発する必要に迫られ、農商務省は東京女子高等師範学校(お茶の水女子大学の前身)に料理研究を委託しました(山田喜平著「緬羊と其飼ひ方」より)。
その流れの中からジンギスカンが出現したものと見られ、1920年代にはその原型となる料理が案出されていたようであります。
なお、文献での「ジンギスカン」の初出は1926年(大正15年)であり、最初のジンギスカン専門店は1936年(昭和11年)に東京都杉並区に開かれた「成吉思(じんぎす)荘」であります。
東北帝国大学農科大学(北海道大学の前身)出身で、満洲国建国に深くかかわった駒井徳三が、1912年(大正元年)から9年間の南満州鉄道社員時代に「ジンギスカン鍋」と命名したとする説があるが、この説については駒井徳三の娘の満洲野(ますの)が1963年(昭和38年)に発表したエッセイ「父とジンギスカン鍋」における命名の推定以外に出典が発見されておらず、裏付けとなる確認はできていなません。
ジンギスカン鍋の起源としては、他にも、山形県蔵王温泉や岩手県遠野市がそれぞれ起源を主張しており、正確な発祥については明確でないのが実情であります。
戦中・戦後 本格的な普及は、第二次世界大戦前後の食糧不足がきっかけであったと見られています。
この時代、食料不足・衣料不足解消を背景に、日本政府が羊肉消費促進運動を進めた史実がありました。
その中心は北海道滝川市の道立種羊場であり、ここで味付けジンギスカン用の漬けダレの製法を学んだという証言者があります。
これとは別に、深刻だった食糧不足の解消を目的として、羊肉に注目した道が普及活動を始めたという説もあります。
札幌の円山公園でジンギスカン鍋を食べている道職員を写した1948年(昭和23年)頃の写真(当時の道農務部職員撮影)が残されています。
かつて牛肉が非常に高価だったのに対し、北海道などでは羊毛用の羊が多く飼育されており、羊肉が安く手に入りました。
産地に近いことから輸送期間が短く、マトンでも新鮮で臭みがさほど強くなかったため、羊肉料理は北海道で普及したとみられます。
しかし日本全体を見ると結果的に羊肉消費文化が広く根付くことはなく、北海道以外で羊肉料理が普及したのは、年間消費量が道民並みの岩手県遠野市、北海道以外の発祥地説もある長野県の一部地域などにとどまりました。
一般に気候条件などで牧羊に適さない地域が多く、精肉の輸送条件などから新鮮な肉の供給ができなかったようです(従って、ラムよりも、時間をおくと臭みが出るマトンが出回った)ことが、本州以南で羊がメジャーにならなかった原因と考えられます。
むしろ豚肉が多く普及しました。
なお、羊肉普及地の北海道においても、ラム(仔羊肉)の普及は比較的最近(バブル期以降)のことであり、それ以前は庶民向けの食用肉といえば豚肉とマトン、鶏肉の三種類であった。また北海道で現在のようにスライスした羊肉を焼くことが広まったのは、かなり時代が下って冷凍技術が進んでからであって、それまでは厚切りか小さな塊状の肉を焼くことが多かったという証言もあります。
1才を超えた緬羊のマトンは、ラムと比較した場合の臭みが強いことは否めないが、食べ慣れた人々からは、むしろジンギスカンには臭みが強いマトンの方こそうまいという評価もされています。
現在は、羊肉に含まれる「L(エル)-カルニチン」という物質によって「食べても脂肪がつきにくい」というダイエット効果があるとの評判により、ジンギスカンを含め羊肉自体の評価が変わりつつあります。
北海道においては、2つのタイプのジンギスカンがあります。
あらかじめタレに漬け込んで下味を付けた「味付けジンギスカン」と、生肉を焼き後からタレを付けて食べる「生ジンギスカン」であります。
ここで用いられる「生」という意味は、単に「味がついていない」という意味であり、実際には一度冷凍して解凍したものであることが多いです。
しかし近年は一度も冷凍をしていない「生ラム」が登場し、冷凍肉のシェアを奪っています。
「味付けジンギスカン」が主流なのは、旭川市などの上川支庁地域や、滝川市などの空知支庁中北部です。
最近では味付けジンギスカンを「旭川ジンギスカン」と呼ぶ店も出てきました。
長沼町の「長沼ジンギスカン」、帯広市の白樺などもこのタイプである。
「生ジンギスカン」が主流なのは札幌市、函館市、室蘭市、釧路市などの北海道南部、北海道東部の海岸部です。
観光名所となっているビール園の主流も生ジンギスカンであります。
但し、地域区分をはっきりと分けることは難しいです。
その家庭によっても食べられるもののタイプが異なります。
東経141度(留萌市)以西(札幌市もここに含まれる)付近と東経144度(釧路市)以東付近の二地域をかつて「生ジンギスカン」が主流だった地域、両地域に挟まれた部分の地域をかつて「味付けジンギスカン」が主流だった地域としてそれぞれみなす説があるが、経度で強引に区切ったやや恣意的な区分なのは否めないです。
下味をつけた味付きジンギスカンでは、羊肉特有の臭みが抑えられています。
著名なジンギスカン料理店「松尾ジンギスカン」などに代表されるように、すりおろしたりんご・にんにくや蜂蜜などを加えた独特のタレにより、肉と野菜のうまみを最大限に引き出す工夫が為されています。
ジンギスカンを愛好する北海道民は、各食肉メーカーや精肉店オリジナルのジンギスカン用味付け肉について味の傾向を熟知し、また、新しい製品の評価に余念がないです。
肉と同様に、ジンギスカン用のつけダレも多種が市販され、道民の需要に応えています。
中でもベル食品とソラチのジンギスカンのたれが代表的であり、北海道内のスーパーマーケットで広く販売されています。
長野県においては、漬け込み肉のジンギスカンが主流であり、地元メーカーの味付けマトンが容易に手に入ります。
同じ漬け込みタイプの北海道産と比べて味付けがかなり異なり、どちらかというと一般的な焼肉のタレに近いまろやかな味付けであります。
長野県でも近年北海道産のジンギスカン用つけダレが販売されるようになっています。
逆に長野県産のつけダレが北海道で売られる例はほとんどみられないです。
ジンギスカンの起源
中国料理の「烤羊肉」(カオヤンロー)に影響を受けたと見られる日本料理であります。
なお、その名称から、「ジンギスカンが遠征の陣営で好んで食べた」「ジンギスカン率いるモンゴル軍兵士が自分の兜で羊肉を焼いたのが起源」とするなどの俗説があるが、羊肉を常食するモンゴルにいかにもありそうな料理として拡大解釈されたものであるとみられます。
戦前は、日本では1918年(大正7年)に軍隊、警察、鉄道員用制服の素材となる羊毛自給をめざす「緬羊百万頭計画」が立案されました。
その早期実現のために羊毛のみならず羊肉をも消費させることで、農家の収入増加と、飼育頭数増加を企図したといわれています。
しかし、日本人は従来、羊肉を食べる習慣がほとんどなかったよぷです。
日本で受け入れられる羊肉料理を開発する必要に迫られ、農商務省は東京女子高等師範学校(お茶の水女子大学の前身)に料理研究を委託しました(山田喜平著「緬羊と其飼ひ方」より)。
その流れの中からジンギスカンが出現したものと見られ、1920年代にはその原型となる料理が案出されていたようであります。
なお、文献での「ジンギスカン」の初出は1926年(大正15年)であり、最初のジンギスカン専門店は1936年(昭和11年)に東京都杉並区に開かれた「成吉思(じんぎす)荘」であります。
東北帝国大学農科大学(北海道大学の前身)出身で、満洲国建国に深くかかわった駒井徳三が、1912年(大正元年)から9年間の南満州鉄道社員時代に「ジンギスカン鍋」と命名したとする説があるが、この説については駒井徳三の娘の満洲野(ますの)が1963年(昭和38年)に発表したエッセイ「父とジンギスカン鍋」における命名の推定以外に出典が発見されておらず、裏付けとなる確認はできていなません。
ジンギスカン鍋の起源としては、他にも、山形県蔵王温泉や岩手県遠野市がそれぞれ起源を主張しており、正確な発祥については明確でないのが実情であります。
戦中・戦後 本格的な普及は、第二次世界大戦前後の食糧不足がきっかけであったと見られています。
この時代、食料不足・衣料不足解消を背景に、日本政府が羊肉消費促進運動を進めた史実がありました。
その中心は北海道滝川市の道立種羊場であり、ここで味付けジンギスカン用の漬けダレの製法を学んだという証言者があります。
これとは別に、深刻だった食糧不足の解消を目的として、羊肉に注目した道が普及活動を始めたという説もあります。
札幌の円山公園でジンギスカン鍋を食べている道職員を写した1948年(昭和23年)頃の写真(当時の道農務部職員撮影)が残されています。
かつて牛肉が非常に高価だったのに対し、北海道などでは羊毛用の羊が多く飼育されており、羊肉が安く手に入りました。
産地に近いことから輸送期間が短く、マトンでも新鮮で臭みがさほど強くなかったため、羊肉料理は北海道で普及したとみられます。
しかし日本全体を見ると結果的に羊肉消費文化が広く根付くことはなく、北海道以外で羊肉料理が普及したのは、年間消費量が道民並みの岩手県遠野市、北海道以外の発祥地説もある長野県の一部地域などにとどまりました。
一般に気候条件などで牧羊に適さない地域が多く、精肉の輸送条件などから新鮮な肉の供給ができなかったようです(従って、ラムよりも、時間をおくと臭みが出るマトンが出回った)ことが、本州以南で羊がメジャーにならなかった原因と考えられます。
むしろ豚肉が多く普及しました。
なお、羊肉普及地の北海道においても、ラム(仔羊肉)の普及は比較的最近(バブル期以降)のことであり、それ以前は庶民向けの食用肉といえば豚肉とマトン、鶏肉の三種類であった。また北海道で現在のようにスライスした羊肉を焼くことが広まったのは、かなり時代が下って冷凍技術が進んでからであって、それまでは厚切りか小さな塊状の肉を焼くことが多かったという証言もあります。
1才を超えた緬羊のマトンは、ラムと比較した場合の臭みが強いことは否めないが、食べ慣れた人々からは、むしろジンギスカンには臭みが強いマトンの方こそうまいという評価もされています。
現在は、羊肉に含まれる「L(エル)-カルニチン」という物質によって「食べても脂肪がつきにくい」というダイエット効果があるとの評判により、ジンギスカンを含め羊肉自体の評価が変わりつつあります。
